生前贈与の非課税枠の限度額はいくら?活用できる節税対策と注意点を解説
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【損をしないための贈与税ガイドブック】

「自分の財産を元気なうちに大切な家族へ渡しておきたいな」と考えている方もいらっしゃることと思います。財産を次の世代に継ぐ方法としては、「相続」が一般的ですが、「生前贈与」という方法もあります。

生前贈与は、名前の通り、財産を持っている方が生きている間に、無償で財産をほかの人に渡すことです。一方、相続は、財産を持っている方が亡くなった後に、その財産を家族などが引き継ぐことを指します。

この生前贈与には、税金がかからない「非課税枠」という仕組みがあります。この非課税枠を上手に活用することで、将来かかるかもしれない相続税を効果的に減らす(節税する)ことが期待できます。ただし、生前贈与の方法や手続きを間違えてしまうと、せっかくの非課税枠を活用できなかったり、かえって税金が高くなってしまったりすることもあるので注意が必要です。

本記事では、生前贈与の仕組みから、活用できる代表的な非課税制度、生前贈与を行う際の注意点まで、初心者の方にもわかりやすく解説します。大切な財産を円満に引き継ぐための参考にしてください。

目次

  1. 生前贈与で節税できるのはなぜ? 相続税との関係
  2. 生前贈与で活用できる非課税枠①:暦年贈与の基礎控除額
  3. 生前贈与で活用できる非課税枠②:相続時精算課税の特別控除額
  4. 生前贈与で活用できる非課税枠③:夫婦間の自宅などの贈与は配偶者控除
  5. 生前贈与で活用できる非課税枠④:住宅取得等資金の贈与の非課税枠
  6. 生前贈与で活用できる非課税枠⑤:結婚子育て資金の一括贈与の非課税枠
  7. 生前贈与で活用できる非課税枠⑥:教育資金の一括贈与の非課税枠
  8. 生前贈与と相続どっちが税金安い? 比較シミュレーション
  9. 暦年贈与110万円を利用するときの注意点4つ
  10. まとめ

生前贈与で節税できるのはなぜ? 相続税との関係

生前贈与の基本的な仕組み

生前贈与とは、財産を持っている人(贈与者)が、生きている間に自分の財産(現金、預貯金、不動産、株式など)を誰か(受贈者)に「あげますよ」と申し出て、相手が「もらいますよ」と承諾することで成立する契約です。

財産を贈与された側(受贈者)は、原則として「贈与税」を支払う義務が発生します。贈与税は、もらった財産の金額に応じて税率が高くなる仕組みになっています。

なぜ生前贈与が相続税の節税になるのか?

財産を持っている方が亡くなると、その時点で所有していたすべての財産に対して「相続税」がかかる可能性があります。相続税は、遺された財産の合計額から、一定の金額(基礎控除額)を差し引いた残りの金額(課税対象となる財産)に対して計算されます。

つまり、生前贈与で財産を少しずつでも減らすことができれば、相続税も軽減されるため、節税になります。

さらに、生前贈与には、特定の条件を満たす贈与であれば、贈与税がかからなかったり、少額で済んだりする「非課税枠」が設けられています。これを活用すればさらなる税負担の軽減が可能です。

以下で紹介する6つの条件に該当する場合、生前贈与の非課税枠を活用できるため、押さえておきましょう。

生前贈与で活用できる非課税枠①:暦年贈与の基礎控除額

最も一般的で活用しやすいのが「暦年贈与」という制度です。暦年贈与では、1月1日〜12月31日までの1年間に、贈与を受けた人(受贈者)が、すべての人から受け取った財産の合計金額に対して贈与税がかかります。

暦年贈与の基礎控除額「110万円以下」であれば非課税

暦年贈与には、年間110万円までの基礎控除が認められています。基礎控除とは、所得から差し引くことができる金額のことです。

つまり、1年間(1月1日~12月31日)に受けた贈与額が110万円以下であれば、贈与税がかかりません。

ただし、贈与を行った事実を示す証拠は、書面で残しておくことが無難といえます。

なぜなら相続発生時に税務署が生前贈与を認めず、相続税の課税対象にされてしまう可能性があるからです。非課税であっても、必ず書面をしっかりと残しておきましょう。

110万円は一人の年間上限額である

110万円の非課税枠は、贈与を受けた人ごとに計算されます。

例えば子が父から60万円、母から60万円の合計が120万円を受け取った場合、110万円を超えるため贈与税が発生します。贈与税は、受け取った財産の合計で計算されるため、注意が必要です。

【注意点】

・贈与契約書の作成

年間110万円以下の贈与で税金がかからなくても、贈与があったという事実を証明するために、贈与契約書を必ず作成しましょう。税務調査の際に、本当に贈与が行われたのか、それとも単なる「名義預金」ではないのかを疑われる可能性があるからです。日付、贈与者、受贈者、贈与財産の内容と金額などを記載し、双方が署名捺印して保管しておきましょう。

・「名義預金」とみなされないために

「名義預金」とは、実際にお金を出した人(親や祖父母など)と、預金通帳の名義が違う預金のことです。例えば、親が子や孫のために口座を作り、親のお金をその口座に入金しているだけで、子や孫がその口座の存在やお金を使えることを知らない場合、税務署から名義預金と判断され、それは贈与ではなく、亡くなった親(祖父母)の財産として相続税の対象になる可能性があります。名義預金と判断されないためには、「誰のお金なのか(贈与されたものか)」、「誰が管理しているのか(受贈者が管理しているか)」、「名義人(受贈者)が預金口座やお金の存在を知っているか」といった点が重要になります。贈与する際は、必ず受贈者に知らせ、可能であれば受贈者自身が口座を管理するようにしましょう。

・「定期贈与」とみなされないために

毎年同じ時期に同じ金額を渡し続けると、「定期贈与」とみなされ、将来にわたる贈与の合計額に対して一度に贈与税が課税されてしまうリスクがあります。「毎年110万円を10年間贈与する」という約束が最初からあったとみなされる可能性があるからです。定期贈与とみなされないためには、贈与契約書をその都度作成し、贈与する金額や時期を変えるなどの工夫をすると良いでしょう。また、あえて110万円を少しだけ超える金額(例えば111万円)を贈与し、少額の贈与税を申告・納付することで、税務署に贈与の事実を明確に認識させるという対策も考えられます。

・相続開始前加算の対象期間延長(2024年1月以降)

財産を贈与した方が亡くなった場合、亡くなる前の一定期間に行われた贈与は、相続税の計算に加算されるルールがあります。これまでは原則として亡くなる前の3年以内が加算対象でしたが、2024年1月1日以降の贈与からは、加算期間が段階的に延長され最終的には7年以内となります。

贈与の時期と加算対象期間は、以下のとおりです。

贈与時期 加算対象期間
2023年12月31日まで 相続開始前3年間
2024年1月1日から 贈与者の相続開始日  
2024年1月1日~2026年12月31日 相続開始前3年間
2027年1月1日~2030年12月31日 2024年1月1日~相続開始日
2031年1月1日以降 相続開始前7年間

この加算対象期間内の贈与は、暦年贈与の110万円非課税枠を使っていたとしても、相続財産に持ち戻して相続税を計算する必要があります(ただし、加算されるのは贈与時の評価額で、110万円の非課税枠が適用された部分は持ち戻しの対象外になるケースもあります)。この変更は、暦年贈与による節税効果がすぐに現れにくくなることを意味しますので、長期的な計画が必要です。

生前贈与で活用できる非課税枠②:相続時精算課税の特別控除額

相続時精算課税制度は、特定の親族間(原則として60歳以上の父母または祖父母から、18歳以上の子または孫)で行われる贈与について選択できる制度です。この制度を選択すると、贈与された財産にかかる贈与税を、贈与者が亡くなった時に相続税としてまとめて精算します。

この制度の一番の特徴は、「特別控除」という大きな非課税枠があることです。贈与を受けた人(受贈者)は、贈与をした人(贈与者)ごとに、贈与された財産の合計額から最大2,500万円まで特別控除を差し引くことができます。この2,500万円以内であれば、何度かに分けて贈与しても贈与税はかかりません。

【令和6年(2024年)以降の大きな変更点】

これまでの相続時精算課税制度では、一度この制度を選択すると、暦年贈与の110万円の基礎控除は使えなくなりました。しかし、令和6年(2024年)1月1日以降に行われる贈与からは、相続時精算課税制度を選択した場合でも、特別控除2,500万円とは別に、年間110万円の基礎控除が使えるようになります。

つまり、2024年以降は、相続時精算課税制度を選択した場合でも、年間110万円までの贈与であれば贈与税の申告も不要で、この110万円の部分は将来相続が発生した際の相続財産への加算(持ち戻し)の対象にもなりません。年間110万円を超える部分については、特別控除2,500万円の枠の中で非課税となります。2,500万円の特別控除枠を超えた贈与額に対しては、一律20%の贈与税がかかりますが、この税額は相続税として精算されます。

【ポイント】

親や祖父母から子や孫への贈与に使える制度です。贈与者(あげる人)ごとに選択できます。例えば、父からの贈与は相続時精算課税、母からの贈与は暦年贈与、という選択が可能です。一度この制度を選択すると、同じ贈与者からの贈与に対しては、暦年贈与に戻すことはできません。

生前贈与で活用できる非課税枠③:夫婦間の自宅などの贈与は配偶者控除

婚姻期間が20年を超える夫婦の場合、自宅などの居住用の不動産や居住用不動産を取得するための金銭贈与について最大2,110万円の控除が受けられる「夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除」(おしどり贈与)という特例があります。

【適用条件】

  • 夫婦の婚姻期間が20年以上であること。
  • 贈与された財産が贈与を受けた配偶者が住むための居住用不動産か、それを取得するための金銭であること。
  • 贈与を受けた年の翌年3月15日までに贈与を受けた居住用不動産(金銭で取得したものも含む)に贈与を受けた人が住んでいて、その後も継続して住む見込みがあること。

この特例は、一つの夫婦につき一生に一度だけ利用できます。老後の生活資金や夫婦で安心して暮らすための自宅の所有権を配偶者に移したい場合などに有効な手段です。

生前贈与で活用できる非課税枠④:住宅取得等資金の贈与の非課税枠

親や祖父母などの直系尊属(自分から見て上の世代、例えば父、母、祖父、祖母など)から、子や孫がマイホームを新築したり、購入したり、リフォームしたりするための資金援助を受ける場合、住宅取得等資金の非課税特例を利用できる可能性があります。

この特例を利用すると、一定の要件を満たせば、贈与を受けた資金のうち、最大1,000万円(省エネ等住宅の場合)または500万円(それ以外の住宅の場合)までが非課税になります。この金額に暦年贈与の基礎控除110万円を足した合計1,110万円(または610万円)まで非課税で贈与を受けることができます。

特例控除の金額は、省エネ等住宅であるか否かによって異なります。省エネ等住宅とは、以下の要件を満たした住宅です。

  • 断熱等性能等級4または一次エネルギー消費量等級4以上
  • 耐震等級2以上または免震建築物
  • 高齢者等配慮対策等級(専用部分)3以上

上記の要件を満たす住宅の場合、特例控除額である1,000万円が適用されます。要件を満たしていない場合の特例控除額は、500万円です。

贈与を受ける人(受贈者)は、以下の要件をすべて満たさなければなりません。

  • 贈与時に贈与者の直系卑属であること
  • 贈与を受けた年の1月1日に18歳以上であること
  • 贈与を受けた年の合計所得金額が2,000万円以下であること
  • 新築住宅の家屋面積が40平方メートル以上~50平方メートル未満の場合は1,000万円以下
  • 2009~2021年分までの贈与時絵の申告で住宅取得等資金の非課税適用を受けたことがないこと
  • 配偶者の親族など一定の特別の関係がある人からの住宅取得ではないこと
  • 贈与を受けたときに日本国内に住所を有していること
  • 贈与を受けた年の翌年3月15日までに確実に居住していること

この特例は、マイホーム取得という人生の大きなイベントを後押しする制度であり、利用するためには住宅の性能や所得など、細かな要件を満たす必要があります。税制改正で内容が変更されることも多いため、適用を検討する際は、税理士などの専門家にご相談されることをお勧めします。

生前贈与で活用できる非課税枠⑤:結婚子育て資金の一括贈与の非課税枠

親や祖父母などの直系尊属から、18歳以上50歳未満の子や孫が、結婚資金や子育て資金としてまとまった金額の贈与を受ける場合に利用できる非課税制度です。

この制度を利用すると、最大1,000万円(うち結婚に関する費用は上限300万円)までが非課税となります。

非課税特例を受けるには、信託銀行などの金融機関と専用の「結婚・子育て資金管理契約」を結び専用口座を開設して入金しなければなりません。

非課税の対象となる費用は、以下のとおりです。

  • 結婚式の費用
  • 家賃や礼金など新居にかかる費用
  • 引っ越しの費用も含む
  • 不妊治療や分べん、産後ケアの費用
  • 子どもの医療費、幼稚園の入園料や保育所の保育料 など

これらのうち結婚式に関する費用の上限は、300万円です。一方、非課税として認められない結婚・子育て費用もあります。

結婚式に関する費用のうち、以下のような費用は非課税の対象外です。

  • 結婚情報サービスや婚活などの利用料
  • 顔合わせや結納の費用
  • 結婚指輪や婚約指輪の代金
  • 結婚式用のエステ代
  • 結婚式等に出席するための交通費や宿泊費
  • 新婚旅行の費用 など

また新居にかかる費用のなかでは、以下のようなものが非課税対象外となります。

  • 贈与を受けた人以外の人が結んだ賃貸借契約の費用
  • 住居以外の場所の駐車場代
  • 地代
  • 生活費や光熱費
  • 家具・家電等の購入費 など

出産や子育ての費用の主な非課税対象は、以下のとおりです。

  • おむつ代
  • 子ども服代
  • ベビーカー代
  • おもちゃ代
  • 絵本代 など

結婚・子育て資金の贈与を行う場合、資金を利用したときの領収書が必須です。

また、贈与を受けた人が50歳になった時点で非課税が終了しますが、このときに口座に残額があると課税対象となります。また、非課税制度を利用中に贈与者が亡くなった場合、原則として口座の残額は相続税の対象となります(ただし、贈与者が死亡した日において受贈者が23歳未満である場合などは非課税となるケースがあります)。

生前贈与で活用できる非課税枠⑥:教育資金の一括贈与の非課税枠

祖父母や両親などの直系尊属から、30歳未満の子や孫が、教育に関する資金としてまとまった金額の贈与を受ける場合に利用できる非課税制度です。

非課税枠は、最大1,500万円です。非課税枠を活用するには、子や孫の名義で信託銀行などの金融機関と専用の「教育資金管理契約」を結び、教育資金を入金しなければなりません。

教育資金の一括贈与の特例が認められる条件は、以下の2点です。

  • 贈与を受ける人が30歳未満
  • 贈与を受ける人の前年所得合計額が1,000万円を超えていない

教育資金を贈与する側の条件は、贈与を受ける人の直系尊属(父母・祖父母・曾祖父母など)で、配偶者の父母や祖父母などは対象外となります。

教育資金として非課税となるものは「学校などに直接支払われるもの」「それ以外のもの」に分けられ、「それ以外のもの」の上限は500万円です。教育資金の具体例は、以下のとおりです。

学校に直接払うもの それ以外のもの
入学に関する費用 学習塾の受講料
教科書代 スポーツの費用
給食費 文化・芸術などの習いごとの費用
修学旅行代  

教育資金の一括贈与の特例を利用する場合の注意点は、以下の2つです。

  • 30歳になっても教育資金を使い切っていない場合、残額に贈与税がかかる。
  • 非課税適用期間中に贈与した人が亡くなると相続財産に加算されて課税される。

こうした事態を避けるには、贈与する金額を30歳になるまでに使い切れる金額に調整するとよいでしょう。

生前贈与と相続どっちが税金安い? 比較シミュレーション

生前贈与と相続のどちらを選択すると税金が安くなるかは、財産の金額や相続人の人数、生前贈与の計画などによって異なります。ここでは、単純な例で比較シミュレーションをしてみましょう。

【シミュレーションの前提条件】

  • 被相続人の財産総額:3億円
  • 法定相続人:配偶者(妻)1人、子ども3人(合計4人)
  • 生前贈与の有無ケースA:生前贈与なし、すべて相続で引き継ぐ
    ケースB:生前贈与あり(暦年贈与を利用)、20年間にわたって、配偶者と子ども3人の計4人に対し、毎年1人あたり110万円(年間合計440万円)を贈与する

※その他の特例や控除は考慮しない(配偶者の税額軽減は考慮しない。単純な相続税計算で比較する)

ケースA:生前贈与なしの場合

まず、相続税の対象となる財産の金額(課税価額)を計算します。相続財産から、相続税の基礎控除額を差し引いて求めます。

  • 相続税の基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の人数

ケースAでは法定相続人が4人なので、基礎控除額は5,400万円(3,000万円+600万円×4人)となり、相続税の課税価額は2億4,600万円(相続財産3億円-基礎控除5,400万円)となります。

次に、この課税価額を法定相続分(民法で定められた相続の割合)で分けたと仮定して、各法定相続人にかかる相続税額を計算し、合計します。法定相続分は、配偶者が2分の1、子どもが合計2分の1(子どもが3人なので、それぞれ2分の1÷ 3人 = 6分の1ずつ)です。

  • 配偶者の法定相続分に応じた金額 = 2億4,600万円 ×2分の1=1億2,300万円
  • 子どもの法定相続分に応じた金額 =2億4,600万円×6分の1=4,100万円(1人あたり)

相続税の税率は、法定相続分に応じた金額によって決まります(以下の国税庁の税率表を参照)。

法定相続分に応ずる取得金額 税率 控除額
1,000万円以下 10% 0円
1,000万円超3,000万円以下 15% 50万円
3,000万円超5,000万円以下 20% 200万円
5,000万円超1億円以下 30% 700万円
1億円超2億円以下 40% 1,700万円
2億円超3億円以下 45% 2,700万円
3億円超6億円以下 50% 4,200万円
6億円超 55% 7,200万円
配偶者 1億2,300万円×40%-1,700万円=3,220万円
子ども 4,100万円×20%-200万円=620万円(3人分の合計は1,860万円)

相続税の総額は、配偶者の税額 + 子ども3人の税額 = 3,220万円 + 1,860万円 =5,080万円となります。

ケースB:暦年贈与(年間440万円)を20年間行った場合

まず、20年間で非課税として贈与できた総額を計算します。

  • 年間非課税贈与額 =110万円×4人=440万円
  • 20年間で贈与できた総額 =440万円 × 20年 = 8,800万円

この8,800万円は、将来相続される財産から減らすことができた金額と考えられます(ただし、2024年1月1日以降の贈与については、亡くなる前7年以内の贈与は相続財産に加算される可能性があることを念頭に置いてください。ここでは計算をシンプルにするため、加算は考慮しないものとします)。

相続税の対象となる財産の金額(課税価額)を計算します。

  • 相続財産総額 = 3億円
  • 生前贈与で減らせた金額 = 8,800万円
  • 基礎控除額 = 5,400万円
  • 相続税の課税価額 = 相続財産総額 - 生前贈与で減らせた金額 - 基礎控除額
  • 相続税の課税価額 = 3億円 - 8,800万円 - 5,400万円 = 1億5,800万円

次に、この課税価額を法定相続分で分けたと仮定して、各法定相続人にかかる相続税額を計算します。

  • 配偶者の法定相続分に応じた金額 = 1億5,800万円 × 2分の1 = 7,900万円
  • 子どもの法定相続分に応じた金額 = 1億5,800万円 × 6分の1 = 約2,633万円(1人あたり)

税率表を使って税額を計算します。

配偶者 7,900万円×30%-700万円=1,670万円
子ども 約2,633万円×15%-50万円=約345万円(3人分の合計は約1,035万円)

相続税の総額は、配偶者の税額 + 子ども3人の税額 = 1,670万円 + 1,035万円 = 約2,705万円となります。

このシミュレーション結果からわかるように、長期にわたって計画的に暦年贈与を行うことで、相続税の課税対象となる財産を減らし、適用される税率を下げる効果が生まれ、結果として相続税の総額を大きく軽減できる可能性があります。

【注意点】

このシミュレーションは非常に単純化したものであり、実際の相続では、配偶者の税額軽減(配偶者が相続しても税金がかからない一定の範囲)や、その他の控除・特例、財産の種類や評価方法、遺産分割の方法などによって税額は大きく変わります。

2024年以降の相続開始前加算期間7年化の影響も考慮する必要があります。このシミュレーションでは単純化のため加算を考慮しませんでしたが、実際の計算では加算対象となる贈与が含まれる可能性があります。

贈与税は、相続税よりも税率が高くなるケースが多いです。非課税枠を超えて多額の贈与を一括で行うと、かえって税負担が重くなることもあります。

暦年贈与110万円を利用するときの注意点4つ

生前贈与は節税に有効な手段となり得ますが、適切に行わないとメリットを活かせなかったり、トラブルの原因になったりします。特に暦年贈与を活用する際に重要な4つの注意点を改めて確認しましょう。

1.贈与するたびに贈与契約書を作る

年間110万円以下の贈与で税金がかからなくても、贈与を行うたびに必ず「贈与契約書」を作成しましょう。贈与契約書は、贈与者(あげる人)と受贈者(もらう人)の間で「いつ」「何を」「いくら」「誰が誰に」贈与したのかという事実を明確に証明する重要な書類です。

贈与契約書がない場合、以下のようなトラブルが発生するかもしれません。

  • 贈与の事実を証明できない
    税務調査が入った際に、その預金が本当に贈与されたものなのか、単なる名義預金ではないのかと疑われ、贈与が認められず相続税の対象とされてしまうリスクがあります。

  • 家族間のトラブル
    ほかの相続人から「いつ、いくら贈与されたのか分からない」「自分はもらっていないのに、あの人だけもらっていたのか」といった不信感や不公平感が生まれ、遺産分割を巡るトラブルに発展する可能性があります。

  • 贈与者と受贈者の認識の違い
    口約束だけでは、お互いの認識が曖昧になり、後々「言った、言わない」のトラブルになることもあります。

贈与契約書には、最低限、「贈与が行われた日付」「贈与する財産の内容(例:現金)」「贈与する金額」「贈与者と受贈者の氏名・住所・押印」などを記載します。これを贈与の都度作成し、贈与者と受贈者がそれぞれ保管しておくことで、客観的な証拠として役立ちます。

2.「名義預金」の贈与は認められない

前述の通り、「名義預金」とみなされると、せっかく贈与したつもりの財産が、税務上は贈与として認められず、贈与者(親や祖父母など)の財産として相続税の対象になってしまいます。

税務署が名義預金かどうかを判断する際の主なポイントは、以下のとおりです。

  • 資金の出所
    実際にお金を出したのは誰か?

  • 預金口座の管理
    預金通帳や印鑑は誰が持っているか?(親や祖父母が管理していると名義預金とみなされやすい)

  • 名義人の認識
    口座の名義人(子や孫など)が、自分の名義で預金があることを知っているか? そのお金を自由に使える状態か?

特に、祖父母や父母が、単純に子どもや孫の名義で預金口座を開設して入金している場合に、子どもや孫がその口座の存在すら知らないという場合は、典型的な名義預金とみなされる可能性があります。

名義預金と判断されないためには、

  • 贈与契約書を作成する
  • 受贈者(もらう人)に贈与の事実をきちんと伝える
  • 受贈者自身が預金通帳や印鑑を管理する(未成年の場合は、親が代わりに管理することを明確にし、子どもが成長したら引き渡すなど)
  • 可能であれば、受贈者自身がそのお金を使ってみる

といった対策を講じることが有効です。

3.定期贈与とみなされないよう少額の贈与税を納税する

「毎年同じ時期に同じ金額を贈与する」という行為を繰り返していると、税務署から「これは最初からまとまった金額を定期的に贈与する約束だったのではないか?」とみなされ、定期贈与として課税されるリスクがあります。

この場合、例えば「毎年100万円を10年間贈与する」という計画であれば、最初に1,000万円を贈与する契約があったものとみなされ、1,000万円に対する贈与税が課税されてしまう可能性があります(この場合、暦年贈与の110万円の基礎控除は使えません)。

定期贈与とみなされるリスクを減らすためには、以下のような工夫が考えられます。

  • 贈与契約書を毎年作成し、「今年の贈与は今年の契約に基づいたもの」であることを明確にする。
  • 毎年贈与する金額を変える。(例:今年は110万円、来年は100万円、その次は120万円など)
  • 毎年贈与する時期を変える。(例:今年は4月、来年は9月、その次は1月など)

さらに効果的な対策として、あえて110万円の基礎控除額を少しだけ超える金額(例:111万円や120万円)を贈与し、贈与税の申告・納税を行う方法があります。年間110万円を超えた部分には贈与税がかかりますが(111万円なら1万円に対して税率10%で1,000円)、すでに贈与税を申告・納付しているという事実が、税務署に「これは単発の贈与であり、定期贈与ではない」と判断させる根拠になり得ます。

4.生前贈与は受贈者に必ず知らせておく

生前贈与は、財産をあげる側(贈与者)が一方的に行うものではなく、「あげます」と「もらいます」という双方の合意(贈与契約)があって初めて成立します。

したがって、贈与を行う際は、必ず財産を受け取る側(受贈者)にその旨を伝え、同意を得る必要があります。受贈者が贈与された事実を知らないまま、親や祖父母が勝手に子や孫名義の口座にお金を移しているだけでは、贈与は成立せず、名義預金と判断されてしまう可能性が非常に高いです。

贈与の事実を伝えるだけでなく、前述の通り、贈与契約書を一緒に作成し、お互いが内容を確認・理解した上で署名捺印することが、後々のトラブルを防ぎ、税務上の問題もクリアするために不可欠です。

まとめ

生前贈与は、大切な家族や孫に財産を計画的に引き継ぎ、将来の相続税負担を軽減するための有効な手段です。特に、年間110万円まで非課税で贈与できる「暦年贈与」は、長期間にわたってコツコツと行うことで大きな節税効果が期待できます。また、まとまった資金を非課税で贈与できる「相続時精算課税制度」(2024年以降は年間110万円の基礎控除も追加)や、特定の目的(自宅購入、結婚・子育て、教育)に特化した非課税制度も用意されています。

これらの非課税制度を上手に活用するためには、それぞれの制度の仕組みや適用条件、そして注意点を正しく理解することが重要です。特に、暦年贈与における「名義預金」「定期贈与」とみなされないための対策や、贈与契約書の作成は非常に大切なポイントです。

生前贈与の計画は、ご自身の財産状況、家族構成、将来のライフプラン、そして最新の税法などを考慮して慎重に行う必要があります。複雑なケースや不安な点がある場合は、税理士などの専門家に相談し、アドバイスを受けることを強くお勧めします。適切な対策を立てることで、生前贈与を成功させ、円満な財産承継を実現しましょう。

八木チエ
八木チエ(著者)
株式会社エワルエージェント 代表取締役。宅地建物取引士・ファイナンシャルプランナー 中立的な立場で10年以上不動産投資からはじめ、資産形成に特化した情報発信している。下記を含めた多くの媒体にて執筆経験がある。

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