「何かあったときのために、現金は手元に置いておきたい」 「銀行に預けても金利がつかないし、ATM手数料を取られるくらいなら家にある方がマシ」
そう考えて、自宅に現金を保管する「タンス預金」をしている方は少なくありません。確かに、手元に現金がある安心感は代えがたいものがあります。
しかし、昨今のインフレにより、その常識が揺らいでいることをご存じでしょうか? かつては安全策だったタンス預金が、今や「資産を確実に減らしてしまうリスク」になりつつあるのです。
この記事では、なぜ今タンス預金を見直すべきなのか、その理由を経済的な視点から解説します。また、タンス預金のメリットを残しつつ、インフレから資産を守るための具体的な「お金の置き場所」についてもご紹介します。
目次
なぜタンス預金を選ぶのか? その動機と実態
そもそも、なぜ多くの人が銀行ではなく自宅に現金を置くのでしょうか。まずは日本のタンス預金の現状と、人々がそれを選ぶ心理的な背景を整理してみましょう。
日本のタンス預金は推定100兆円超
日本の「タンス預金」の総額は、非常に巨額です。日本銀行の資金循環統計などを基にした推計によると、その額はなんと100兆円を超えると言われています。これは日本の国家予算にも匹敵する規模です。
このタンス預金は、決して一本調子で増え続けてきたわけではありません。その時々の経済情勢や金融不安、あるいは制度変更などの影響を受け、増減を繰り返してきました。
そして直近では、減少傾向へと潮目が変わりつつあります。 大きな要因は、2024年の新紙幣発行です。「古いお札が使えなくなるわけではない」にもかかわらず、「タンスにある旧札をこの機会に銀行へ入金しよう」という動きが活発化しました。さらに、長引くインフレへの対応で取り崩しが進んでいることも背景にあります。
「とにかく現金で持っておけば安心」というこれまでの常識から、「現金を動かす、あるいは手放す」フェーズへと移行し始めているのが今の日本の実態です。
根強く残る「銀行に預けない」3つの理由
とはいえ、依然として巨額の現金がタンスに眠っているのも事実です。なぜこれほどまでにタンス預金が選ばれてきたのでしょうか。主な理由は以下の3点です。
- 手元に置く安心感(災害・システム障害時)
もっとも大きな理由は「いざという時の備え」です。地震や台風などの自然災害による停電、あるいは銀行システムの障害でATMが使えなくなった際、手元の現金は最強の決済手段になります。キャッシュレス化が進んでも、緊急時は現金しか使えないケースが多いため、一定額を手元に置くのは合理的な判断とも言えます。
- 超低金利(預けても増えない)
長年続いた超低金利政策により、大手銀行の普通預金金利は限りなくゼロに近い状態が続きました。現在は利上げ局面にありますが、それでもまだ低水準です。それなら手元に置いておいても同じと考える人が多いのは当然のことでしょう。
- ペイオフへの懸念や手続きの煩わしさ
銀行が破綻した際に1,000万円とその利息までしか保護されない「ペイオフ制度」への懸念や、窓口での本人確認手続きの厳格化、ATM利用手数料の負担増なども、銀行離れ=タンス預金を加速させる要因となっています。
そのタンス預金、「タンスの肥やし」になっていませんか?
ここからが本題です。前述のようなメリットがある一方で、現在の経済状況下では、タンス預金を続けることの「見えないコスト」が急速に高まっています。キーワードは「インフレ」です。
「守り」のつもりが「損」になる? インフレがもたらす「現金の価値目減り」
「100万円は、10年後も100万円のままでしょ?」
額面上の数字は確かにそうです。しかし、その100万円で何が買えるかは変化します。
例えば、今1個100円のリンゴが買えるとして、物価が上がり続けて1個200円になったとします。すると、手元の100円ではリンゴが半分しか買えなくなります。これがインフレによる「現金の価値の目減り」です。
最近は特に食料品や光熱費の値上げを実感している方も多いでしょう。タンスの中に現金を閉じ込めておくことは、「額面を守って、価値を減らしている」ことと同義になりつつあります。
デメリット① インフレ
具体的にシミュレーションしてみましょう。もしインフレ率が毎年2%ずつ続いた場合、現在の100万円の価値はどうなるでしょうか。
- 現在:100万円の価値
- 5年後:約90万円相当の購買力
- 10年後:約82万円相当の購買力
- 20年後:約67万円相当の購買力
タンスに入れて鍵をかけておいただけなのに、20年後には実質的な価値が3割以上も減ってしまう計算になります。「減らないから安心」だと思っていたタンス預金が、確実に損をする資産になってしまう可能性があるのです。これがインフレ時代の現金の恐ろしさです。
デメリット② 機会損失
もう一つのデメリットは「機会損失」です。これは、お金を働かせなかったことによる「儲け損ない」のことです。
仮に手元の資金を、世界経済の成長に合わせて年利3〜5%程度で運用できていたとしたらどうでしょうか。100万円を年利4%で10年間運用した場合、複利の効果で約148万円になります。
タンス預金を選ぶということは、この「増えたはずの48万円」を放棄していることになります。インフレ対策として資産運用が推奨されるのは、「増やす」こと以上に「現金の価値を目減りさせない(購買力を維持する)」という意味合いが強いのです。
インフレ時代に考えるべき「お金の置き場所」
では、タンス預金にあるお金をどこへ移せばよいのでしょうか。すべてを投資に回すのは危険ですし、すべて銀行に入れるのが正解とも限りません。重要なのはバランスです。
リスク管理の基本に「財産三分法」という考え方があります。資産を以下の3つに分けることです。
- 現金・預金(流動性): すぐに使えるお金。生活防衛資金。
- 株式・債券(収益性): 運用して増やすお金。
- 不動産・金(安全性): 物価変動に強い実物資産。
現金だけに偏っている状態は、バランスが悪くインフレに極端に弱い状態です。これらをバランスよく組み合わせることで、どんな経済状況になっても資産を守ることができます。
銀行預金
まずは基本の銀行預金です。ネット銀行などを中心に、預金金利を引き上げる動きが出てきています。また、盗難や火災のリスクを回避できる点も大きな利点です。
ペイオフ対策として、1つの金融機関に預ける額を1,000万円以下にする、あるいは決済用預金を利用するなどの工夫をすれば、安全性は格段に高まります。
新NISAなど
インフレに負けない資産作りをするなら、NISAの活用が最も有力な選択肢です。
これらは運用益が非課税になるため、効率よく資産を増やせます。もちろん元本割れのリスクはゼロではありませんが、全世界株式や米国株式などに長期で分散投資することで、インフレ率を上回るリターンを目指すのが一般的です。
「タンス預金の一部」をこちらにシフトするだけでも、資産全体の防衛力は上がります。
金(ゴールド)など
実物資産である「金(ゴールド)」を持つという選択肢もあります。金は「有事の金」とも呼ばれ、インフレや戦争、通貨不安の際に価値が上がりやすい特徴があります。
金自体は利息を生みませんが、現金の価値が下がるときに価格が上がる傾向があるため、資産の保全として有効です。タンス預金の一部を金貨や純金積立に変えておくのも一つの手です。
タンス預金の「その他のリスク」も再点検
インフレによる価値の減少以外にも、タンス預金には物理的・法律的なリスクが潜んでいます。これらも「コスト」として考える必要があります。
物理的リスク:盗難・火災・紛失
タンス預金最大のリスクは、物理的に「なくなる」ことです。
・盗難:空き巣の被害に遭った際、現金は補償されません。銀行なら通帳やカードを盗まれても補償される可能性がありますが、現金は戻ってこないケースがほとんどです。
・火災・水害:火事や洪水で紙幣が燃えたり流出したりした場合も、その価値はゼロになります。損傷した紙幣は日本銀行で交換できる場合もありますが、灰になってしまえば証明できません。
・紛失(認知症):高齢の方に多いのが「隠し場所を忘れる」こと。認知症などで保管場所を忘れてしまい、遺族が気づかないまま処分されてしまうリスクがあります。実際、ゴミ処理施設などで誤って捨てられた多額の現金が発見されるニュースも、毎年のように報じられています。
Q&A:タンス預金にまつわる素朴な疑問
最後に、タンス預金に関してよくある疑問にお答えします。
Q. 結局、手元にいくら置くのが適切?
A. 「生活費の3〜6ヶ月分」または「災害時に数日間過ごせる額」を目安に。
全財産をタンスに入れる必要はありません。災害対策としては、停電時でも買い物ができるよう、千円札や小銭を含めて数万円〜十数万円あれば当座はしのげます。もしもの失業や病気に備えるなら、生活費の3〜6ヶ月分を手元、あるいは引き出しやすい普通預金に置いておけば十分でしょう。それ以上は、インフレに負けない場所に移動させることをおすすめします。
Q. 安全な保管方法は?(金庫など)
A. 耐火金庫が推奨されますが、過信は禁物です。
どうしても自宅に置く場合は、防盗・耐火性能のある金庫を利用しましょう。ただし、「金庫がある=お金がある」と空き巣に知らせるようなものでもあるため、金庫ごと持ち去られるリスクもあります。やはり、多額の現金を自宅に置くこと自体がセキュリティ上のリスクであることは認識しておきましょう。
タンス預金を見直して、時代に合った資産防衛を
かつてデフレの時代には、現金を持っていることが「正解」でした。物の値段が下がるため、現金の価値が相対的に上がっていたからです。
しかし、時代はインフレへと転換しました。物価が上がり続ける今、タンス預金をそのままにしておくことは、毎日少しずつあなたの大切な資産を捨てているのと同じことになりかねません。「タンスの肥やし」にして価値を減らしてしまう前に、新しい時代に合った資産の守り方へ、一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。
